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最高裁判所大法廷 昭和25年(オ)36号 判決 1954年12月20日

栃木県那須郡荒川村大字田野倉二一六番地

上告人

高田耕平

右訴訟代理人弁護士

佐久間渡

被上告人

右代表者法務大臣

花村四郎

右当事者間の農地買収に対する不服事件について、東京高等裁判所が昭和二四年一二月二七日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐久間渡の上告理由は末尾添附の別紙記載のとおりであつて、論旨はすべて本件買収対価が憲法第二九条第三項にいわゆる正当な補償でないと主張するに帰する。しかし所論のような違憲はなく、右対価が正当な補償といい得ることは当裁判所判例の存するところであつて、原判示は結局正当であるから(昭和二五年(オ)第九八号、同二八年一二月二三日大法廷判決参照)論旨はすべて理由がない。

よつて民訴第四〇一条、第九五条、第八九条に従つて主文のとおり判決する。

この判決は裁判官井上登、同真野毅、同斎藤悠輔、同岩松三郎の少数意見を除き、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官井上登、同真野毅、同斎藤悠輔、同岩松三郎の少数意見は、その結論において多数説と一致するけれどもその理由を異にする。本訴が対価のみの不服によつて、買収の無効を主張し農地所有権の確認を求める訴であることは記録により明かであるが、対価のみの不服に基いて買収そのものの無効を主張することは許されないものと解すべく、本訴請求を棄却した原判決は結局正当であり、論旨はすべて理由なきに帰する。(昭和二四年(オ)第九〇号、同二九年一一月一〇日大法廷判決参照)

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克)

昭和二五年(オ)第三六号

上告人 高田耕平

被上告人 国

上告代理人佐久間渡の上告理由

第一点 原判決は其の理由に於て「自創法を以てその性格上憲法によつて制約されず憲法適用の枠外にあるものと見る限り同法所定の手続に基く農地買収を目して憲法に違反する不当の処分であるとなしこれか無効なることを理由とする控訴人等の本訴請求は到底許容し難いことは勿論である」と判示したか元来上告人はポツダム宣言の受諾に基く農地の改革そのものに反対する考は毫頭ないが自創法に定められた買収価格では憲法に所謂正当の補償に値せぬものであると主張するものである。

自創法は昭和二十一年十月二十一日公布されたもので旧憲法時代の法律であるか新憲法施行後は当然其の制約を受くべきものである。自創法の法条中憲法に違反するものがあれば当然其の効力を失うものであることは論を俟ない。若し原判決所論の如く自創法か其の制度の理由より推論して憲法の制約を受けざるものであるとせば一般国民は何を標準として法律の適用範囲を考へればよいのか適従する処を知らざる結果に陥るものであり遂に法令に盲従するの不都合を生するに至り法治国の国民として明朗闊達な法律生活を維持することか出来ないことになる。

吾々は憲法により国民の基本的権利義務か確認されたものと信する。従て其の範囲内で法令か制定さるるものと確信するのに裁判所か任意に法律制定の由来をたづね憲法以上の法律なりと断定するか如きは許さるべき事柄ではない。

若し憲法に制約せられない法律を必要とするならば国家は速に昭和二十年勅令第五四二号「ポツダム」宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く政令によるべきものでその他の法律、命令は当然憲法に抵触するか否かに付国民は之を正当に判断し其の当否を争うことが出来るものでそのことか法治国の国民の権利でもあるし他面法律を尊重する所以でもあり憲法も亦之を認め且之を推進するものである。

仮令上告人か本件て主張する憲法違反の問題か結果の如何によつては農地改革の遂行に重大な影響を及ぼすものかあるとするもそれは自ら他の方法手段を構すれば可なるへく、為に自創法を憲法の制約を受けさる法令と解することは常識よりするも認容することが出来ない。

第二点 原判決は其の理由に於て「自創法第六条に基き本件農地買収の対価として定められた価か憲法第二十九条第三項にいわゆる正当の補償たるに適せぬとの控訴人等の主張はにわかにこれを採用することはできない」言々と判示し上告人の主張を排斥したか其の判断は憲法の解釈を誤つたものてあるから其の理由を開陳する。

(イ) 憲法第二十九条には財産権はこれを侵してはならない、私有財産は正当な補償の下にこれを公共のために用いることかできるとあつて自創法による買収もその対価は買収時期(法律制定時を指すものではないと解す)に於て充分な額でなけれはならない。然るに市価か数万円のものを数百円で買収することは憲法に違反するものである。

(ロ) 自創法で定めた農地の買収価格を賃貸価格の四十倍(山林等は別個の方法によるか)としたかその根拠は農地法で昭和二十年十二月中に定めたものをそのままに自創法に採用したものであるか法律制定の時期か相違するので物価も変動して居るのに之を無視して勝手に定めたものであるし其の計算の基礎である米価は何れも政府か任意に法令で定めた政府の買上価格又は消費者価格等を標準として居るものであるかそれか正しいというならは法律の効力か憲法を左右するとの結果になるから憲法上の問題である正当補償の適否の解決の標準としては採用すべからざるものである。

(ハ) 憲法第二十九条か正当な補償を要求する財産の価格は経済界に於ける取引上認められた本質的経済価格をいうもので法令で勝手に定め又は制限した価格をいうものではない。

若し憲法の規定する正当な補償を与うとの条件は法律でも違反することが許されぬ趣旨であるのに財産の価格そのものを法令で自由に定め得るとせは憲法の規定は空文に帰するの恐れかある。

若しも法令で規定すれはよいとの原判決の趣旨を推論すれば反金壱円の補償ても買収することか出来るし更に進んで対価を与えないで徴用することも出来ることになると思ふか法令さい制定すれは何事も出来るとの考方は是正されなけれはならないし是等のことか憲法に反するのたと上告人は強く主張するものである。

(ニ) 本件農地の買収は一反歩数百円の僅少な対価で買収され同一価格で耕作者に売渡さるもので地主か僅かな対価で買収されて損失と苦痛とを蒙つて居るのに耕作者は意外に少額の代金で所有権を取得することか出来て生活上の安定を得られることに対照すれは著しく不公平てある。この事柄に付き上告人は承服することか出来ないものである。

故に本件農地の買収は当時の物価事情に対比して極端に低く社会の通念に照らし常識的に見るも正当補償とは考へられないのである。

以上

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